組込みエンジニアとは
組込みエンジニアは、主に家電製品や電子機器、工業機器などの製品(ハードウェア)に組み込まれたソフトウェアの開発や、製品を含めた全体的なシステム開発などを行う職種です。
現代の日常生活に組込みシステムは欠かせません。下記のように、幅広い製品に組込みシステムが使われています。
- 電子レンジ
- エアコン
- 自動車のエンジン制御システム
- エアバッグ
- スマートフォン
- デジタルカメラ
- 医療機器
組込みエンジニアの仕事は、このような製品をつかさどるシステムを効率的・安定的に動作させることです。
たとえば、自動車のブレーキシステムの場合は、どのような状況においても確実にブレーキが作動して乗員の安全を守るためのソフトウェアを開発・設計・実装します。
そのため、組込みエンジニアにはハードウェアとソフトウェア両方の知識が必要です。また、多くの組込みシステムではリアルタイム性が要求されるため、高度で緻密な技術力も必要になります。
なお、組込みエンジニアの役割は、技術の進歩とともに変化しています。最近ではIoT(Internet of Things)の発展に伴い、ネットワーク接続機能を持つ組込みシステムの需要も増えてきました。AI技術を取り入れる動きも活発化しています。
組込みエンジニアの仕事内容

組込みエンジニアの主な仕事内容は以下のとおりです。
- 企画・要件定義
- システムの設計
- 開発・実装
- テスト・運用・保守
一般的なエンジニアと同じような流れですが、組込みエンジニアならではの仕事もたくさんあります。
それぞれ詳しく見ていきましょう。
・企画・要件定義
組込みエンジニアの仕事は、製品の企画段階から始まります。組込みシステムは特定のハードウェアに依存するため、ハードウェアごとの性能や制約を考慮した要件定義が重要になります。市場のニーズを理解し、それを製品の機能として落とし込むのが主な仕事です。
この段階では、製品の使用環境とユーザーの特性を十分に考慮する必要があります。製品の小型化や省電力化、コスト削減なども欠かせない要件です。
・システムの設計
ハードウェアとソフトウェアは一体となって機能するため、両方の仕様を同時に考える必要があります。また、限られたハードウェアリソースで効率的に動作するシステムの設計も必要です。
たとえば、デジタルカメラの画像処理システムを設計する場合は、画像処理の高速化と省電力化を両立させるために、ハードウェアアクセラレータ(特定の処理を高速化するために設計された専用ハードウェア)の活用や最適なアルゴリズムの選択を考慮します。
・開発・実装
設計したシステムをもとにコーディングを行います。組込みシステムの場合、特定のハードウェアに適応するデバイスドライバの開発が必要です。開発・実装の過程では、コードの品質や効率性を意識しなければいけません。
たとえば、スマートウォッチのソフトウェア開発では、バッテリー寿命を延ばすためにセンサーデータの取得頻度やディスプレイの輝度の調整といった細かい電力管理を実装します。
なお、企業やプロジェクトによっては、アプリケーションやミドルウェアの開発にも携わります。
・テスト・運用・保守
組込みシステムのテストでは、ハードウェアとソフトウェアを統合したテストが欠かせません。機能テストだけでなく、実機による耐久性テストと環境テストが重要です。
自動車の電子制御ユニット(ECU)の場合、極端な温度変化や振動、電磁ノイズといった厳しい環境下での動作確認を実施します。テスト段階で発見された問題は、迅速に修正して再テストをしなければいけません。
製品の出荷後も組込みエンジニアの仕事は続きます。ユーザーからのフィードバックや不具合情報を収集し、必要に応じてソフトウェアをアップデートします。
インターネットに接続する組込みシステムを担当する場合は、セキュリティ対策の強化や新機能追加といった継続的な保守作業も担当範囲となります。
組込みエンジニアの平均年収
厚生労働省の職業情報提供サイト「jobtag」によると、組込みエンジニアの平均年収は557.6万円です。
組込みエンジニア | 一般的なエンジニア | 一般的な会社員 | |
平均年収 | 約557万円 | 約586万円 | 約458万円 |
引用:「jobtag」、「賃金構造基本統計調査 表番号7」「民間給与実態統計調査」
組込みエンジニアと一般的な会社員では、約100万円の年収差があることが分かります。専門技術の市場価値の高さが、組込みエンジニアの年収に直結していると考えられるでしょう。
一般的なエンジニアの平均年収は組込みエンジニアよりも若干高くなっています。これは、各分野での需要と必要なスキルセットの違いが反映されています。プロジェクトや実績によっても異なるため、年収水準としては同等と考えていいでしょう。
組込みエンジニアに必要なスキル
組込みエンジニアには、主に下記のようなスキルが求められます。
- プログラミングのスキル
- 開発工程に関する知見
- コミュニケーションスキル
- 英語力
それぞれ詳しく見ていきましょう。
・プログラミングのスキル
組込みシステムでは限られたリソースを最大限に活用する必要があるため、ハードウェアを直接制御する言語のスキルが求められます。
一般的に使用される言語はCやC++、アセンブリなどの低水準言語です。ただし、近年ではPython、Java、C#といった高水準言語の重要性も増しています。
低水準言語と高水準言語の主な違いを見てみましょう。
低水準言語 | 高水準言語 | |
抽象化のレベル | ハードウェアに近い抽象化レベルで動作 | 高度な抽象化 |
可読性と生産性 | 可読性は低いが細かい制御ができる | 可読性が高く開発速度も速い |
実行速度とリソース使用 | 高速に動作してメモリ使用量も少ない | 動作は比較的遅くメモリ使用量も多い |
移植性 | 特定のハードウェアに最適化されることが多い | 異なるプラットフォーム間での移植性が高い |
高水準言語(PythonやJavaなど)は、主に開発環境や組込みシステムと連携するアプリケーションの開発などに使用されます。特にIoTデバイスやエッジコンピューティングといった分野での需要が高く、読み書きが簡単で比較的習得しやすい点が特徴です。また、別のデバイスへの移植も容易ですが、仮想マシンを介して動作するため、処理に時間がかかりリアルタイム性が求められる環境には適しません。
一方、低水準言語であるCやC++は、効率的な開発を可能にし、コーディング時間の短縮が期待できます。しかし、これらの言語は複雑であり、開発者には高度な知識とスキルの習得が求められる点が課題です。それでも、高いパフォーマンスが必要な場面では非常に有用です。
・開発工程に関する知見
組込みシステムを開発する際には、さまざまな開発手法の特徴を理解して、プロジェクトの性質に応じたプロセスを選択・適用しなければいけません。
製品開発の全工程を理解したうえで、適切に対応できる知見も大切です。たとえば、要件定義の段階では、顧客の要求を正確に理解して技術的に実現可能な仕様に落とし込む必要があります。
また、システム設計段階では、ハードウェアとソフトウェアの両面を考慮した設計能力が重要です。たとえば、産業用ロボットの制御システムを設計する際には、モーターやセンサーの選定からソフトウェアアーキテクチャの設計に至るまで、幅広い知識が求められます。
・コミュニケーションスキル
製品の開発はチームを組んで進めるため、高いコミュニケーションスキルが必要です。営業部門や製造部門などの異なる部門のメンバーや顧客とやりとりする機会も多いです。技術的な内容を非技術者に分かりやすく説明する能力が求められます。
組込みシステムの開発では、予想外のトラブルも頻繁に発生します。このような場合にも、トラブルを関係者に分かりやすく説明したうえで、解決策を提案するコミュニケーション能力が必要です。
・英語力
多くの技術文書と仕様書は英語で書かれているため、正確に読解するための英語力も大切と言えます。
ハードウェアの製造やソフトウェア開発を海外のパートナーに委託するケースも多く、英語力があれば、海外のメンバーとスムーズにコミュニケーションを図れます。
組込みエンジニアが年収を上げる方法

組込みエンジニアが年収を上げるには、下記のような方法があります。
- 需要の多いプログラミング言語を習得する
- 最先端のスキルを習得する
- マネージメントスキルを高める
- 業界特有の知見を習得する
それぞれ詳しく見ていきましょう。
・需要の多いプログラミング言語を習得する
組込みシステムの世界ではC言語とC++言語が依然として主流ですが、近年では新しい言語とフレームワークの需要も増えています。
安全性と性能を両立させた言語として注目を集めているのはRustです。特に自動車や航空宇宙産業などの人命に関わり安全性が重要視される分野において、Rustを採用していこうという動きが増えています。
また、IoT(Internet of Things)デバイスの普及に伴ってPythonの需要も高まっています。Pythonは機械学習やデータ分析と親和性が高いため、習得すれば先進的なプロジェクトに参加する機会も増えるでしょう。
・最先端のスキルを習得する
組込みエンジニアが年収を上げるためには、最先端の技術とトレンドに関するスキルの習得も大切です。
現在はIoTやAIなどがトレンドです。IoT関連技術としては、MQTT、HTTP/HTTPS、BLEなどが挙げられます。AWS IoT、Google Cloud IoT、Microsoft Azure IoTなどのクラウドプラットフォームとの連携も重要です。
AI関連技術としては、TensorFlow LiteやONNX Runtimeといった軽量な機械学習フレームワークのスキルが挙げられます。データ処理(PandasやNumPyなど)、GPU、TPU、FPGAなどの知見に加え、これらで使用するC、C++、Python、JavaScriptなどの言語も、最先端技術と併せて習得することが大切です。
他にも、特定の分野における最先端技術を把握し、関連スキルを習得するのも良いでしょう。自動車開発分野ではADAS(先進運転支援システム)、産業用ロボット分野ではエッジコンピューティングなどが注目を集めています。これらに関するスキルを習得していれば、専門性が高い組込みエンジニアとして評価され年収アップにもつながるでしょう。
・マネージメントスキルを高める
組込みシステム開発のプロジェクトは複雑です。多岐にわたる技術要素が含まれ、多数の関係者も携わるため、全てを円滑に進められる高いマネージメントスキルが求められます。
コストと品質のバランスも重要です。そのため、高品質を維持しながら開発期間を短縮してコストを抑える戦略的な判断も求められます。
適切な状況把握および業務遂行ができるマネージメント能力があれば、組織内で高く評価され、責任のある立場への昇進と高い報酬につながる可能性があります。
・業界特有の知見を習得する
業界特有の専門知識も習得しておきたいところです。
たとえば、組込みシステムでよく使われるソフトウェアとしては「FreeRTOS」「VxWorks」「QNX」「ThreadX」などがあります。リアルタイム性が求められる製品で使われるため、知見のレベルを高めておけば、今後の注目分野である自動車のECUや産業用ロボット、航空機のフライト制御システム、医療機器などのプロジェクトへの参加機会を増やせるでしょう。業界特有の専門知識が十分にあれば、同業界への転職の際に提示年収が高くなる可能性もあります。
業界で使われる特別な通信規則と規格に関する知識も役立ちます。法規制とコンプライアンスの知識も年収アップにつながるでしょう。
組込みエンジニアの年収アップに役立つ資格
組込みエンジニアに必須の資格はありませんが、下記のような資格を保有していると年収アップに役立つ可能性があります。
- ETEC
- エンベデッドシステムスペシャリスト
- LPIC
- 基本情報技術者試験
- 応用情報技術者試験
それぞれの資格について詳しく解説します。
・ETEC
「ETEC(組込み技術者試験制度)」は、組込みシステムに関するスキルと知識を評価するための試験です。試験内容は組込みシステムの基礎知識、ハードウェアとソフトウェアの統合、リアルタイムOS、セキュリティなど多岐にわたります。
試験では合否判定はされず、客観的なレベル判定と正答率の評価が行われたうえで証明書と証明カードが発行されます。成績はA~Cのグレードで評価されるため、高いグレードを獲得できれば、組込みエンジニアとしての高いスキルを証明できるでしょう。
・エンベデッドシステムスペシャリスト
「エンベデッドシステムスペシャリスト試験」は、組込みシステムに関する専門的な知識と技術を評価する試験です。組込みシステムの開発に必要な企画・設計・ハードウェア、ソフトウェア開発、テスト、運用など、総合的な知識を問われます。セキュリティ対策と脅威に関する知識も評価の対象です。
資格を取得すれば客観的に専門家として認められるため、キャリアの向上につながります。
・LPIC
「LPIC(Linux Professional Institute Certification)」は、Linuxに関する専門知識とスキルを評価する認定試験です。LPIC-1・LPIC-2・LPIC-3のグレードがあり、取得すれば、Linuxの運用・管理に必要な能力を証明できます。
多くの組込みシステムはLinuxベースで動作しているため、Linuxに深い理解があるエンジニアの需要は高いです。資格の取得によって高いスキルを客観的に証明できれば、IT業界におけるキャリアが広がるでしょう。
・基本情報技術者試験
「基本情報技術者試験」は、情報処理技術者の基礎的な知識と技能を評価する国家試験です。「ITエンジニアの登竜門」とも呼ばれ、IT分野のキャリアをスタートさせたい場合に取得しておきたい資格と言えます。
主な試験内容はプログラミング、アルゴリズム、システム開発の手法やプロジェクト管理です。情報倫理と法務に関する知識も問われます。
ITに関する基礎知識が証明されるため、就職活動で有利になる可能性もあるでしょう。
・応用情報技術者試験
「応用情報技術者試験」は、情報技術に関する専門的な知識と技能を測るための国家試験です。IT業界での実務経験がある技術者を対象としており、システム設計やプロジェクト管理、情報セキュリティなど幅広い分野の知識を問われます。
資格を取得すれば情報処理技術者としての専門性を証明でき、キャリアアップに役立つでしょう。
組込みエンジニアのキャリアパス

組込みエンジニアは、下記のようなキャリアパスが考えられます。
- ITコンサルタント
- QAエンジニア
- AIエンジニア
- プロジェクトマネージャー
それぞれ詳しく見ていきましょう。
・ITコンサルタント
ITコンサルタントは企業のIT戦略や技術選定、システム導入などに関する助言や支援を行う専門家です。
組込みシステムの経験を持つITコンサルタントは、技術的な視点と実務経験を活かし、他のコンサルタントと差別化できます。実現性の高い提案や、現場の課題に即した具体的な解決策を提供できる点が大きな強みとなるでしょう。
ただし、技術的な深い知識だけではなく、ビジネス視点でのシステム活用スキルも求められます。
・QAエンジニア
QAエンジニアは、ソフトウェアの品質保証を担当する専門家です。
組込みシステムにおける品質保証は製品の安全性や信頼性に直結するため、QAエンジニアへの転身は自然なキャリアパスの1つと言えます。組込みシステム特有のテスト環境構築や、ハードウェアを含めた総合的なテストの設計など、組込みエンジニアの経験を活かせる場面は少なくありません。
QAエンジニアリングの基本的な概念やツールなどを習得していれば、未経験でも転職できる可能性があります。
・AIエンジニア
近年、組込みシステムとAIの融合が急速に進んでいます。
たとえば、スマートホーム機器の開発経験がある場合、AIを活用したホームオートメーションシステムの開発に携わる機会が広がります。組込みシステムの制約を深く理解していることで、効率的なAIモデルの実装や最適化にも強みを発揮できる点が魅力です。
特に、自動運転技術や産業用ロボットの分野では、組込みシステムとAIの知識を兼ね備えたエンジニアへの需要が高まっています。これらの分野では、AIの理論と実務の両方を理解していることで、より付加価値の高い役割を担うことが可能です。
さらに、PythonやR言語を用いた開発経験を持つ組込みエンジニアは、AIエンジニアへのキャリア転換において有利です。その際には、機械学習や深層学習の理論を学び、TensorFlowやPyTorchなどのAI開発フレームワークを習得することが重要なステップとなります。
・プロジェクトマネージャー
プロジェクトマネージャーも、組込みエンジニアとして自然なキャリアパスの1つと言えます。技術的な背景があるため、各チームの課題を深く理解して適切な判断・調整を行えるでしょう。
プロジェクトマネージャーに転身するためには、PMP(Project Management Professional)のような資格の取得も有効です。マネージメント力を高めるために、リーダーシップやコーチングスキルを高めたり、組織全体の動きを理解してビジネス感覚を養ったりと守備範囲を広げていくことが求められます。
組込みエンジニアの将来性
組込みエンジニアの将来性は明るいと言えます。
現代では生活のあらゆる場面にデジタル技術が浸透し、多くの製品やシステムにソフトウェアが組み込まれています。この傾向は今後さらに加速すると予想されるため、組込みエンジニアの需要も増加していくでしょう。
IPAが行った「2022年度組込み/IoT産業の動向把握等に関する調査」によれば、組込み/IoT産業において、AI技術やクラウド技術、ビッグデータなどの最先端技術を「これから強化していきたい」「新たに獲得していきたい」という傾向が高まっています。これらの最先端技術はまだ発展途上であり、これからの成長も見込まれています。この成長を後追いするようにハードウェア分野も進歩が進み、組込みエンジニアの将来性も高まっていくでしょう。
ただし、組込みエンジニアに求められるスキルセットも拡大を続けることが想定されています。従来のプログラミングスキルに加えて、セキュリティ、ネットワーク、クラウド技術に関する深い知識も必要になるでしょう。
組込みシステムは、かねてより生活や社会インフラの中核を担ってきましたが、近年は自動運転や高度化した医療機器の制御など人命に関わる技術が求められるシーンが増えるなど、安全性と信頼性がますます重要になっています。そのため、高い倫理観と責任感を持って技術開発に取り組む姿勢は不可欠です。
まとめ

組込みエンジニアは、家電や自動車などに組み込まれるソフトウェアの開発を行う専門職です。年平均年収は約557万円で、一般的な会社員よりも高い水準となっています。
必要なスキルは多岐にわたりますが、将来性が高くやりがいもある重要な仕事です。キャリアアップには技術力やプロジェクトマネージメントスキルの向上、最先端スキル・業界特有知識の習得が役立ちます。